山本七平先生の日本は何故敗れるかの中から抜粋

日本は何故敗れるか。
朝鮮人、台湾人
志願兵、軍属、軍府として沢山の朝鮮人台湾人が比島に来て戦ったが、敗戦の為、彼らは日本と分かれることになった。それで各人様々の感情にとらわれていたようだったが、段々に落ち着いてくると、山の生活中日本軍に協力したにかかわらず、日本軍の将校共から不当の取り扱いを受けたり、酷使され、いじめられた者の内に深い恨みを持つ者が沢山いた。そしてこのまま別れたのでは気が済まず、同じストッケード内に住むを幸い、日本人に復讐することに決め、彼等特有の団結力を利用してこれ等悪日本人のリストを作り、片端から暴力による復讐が行われだした。
部隊長級の人でもこのリンチに会った人も相当にいた。この人は散々たたかれ、終りに美鬚をひっぱられ、おもちゃにされて帰ってきた。この不祥事件が続出するので、日本人側でも暴力には暴力をというので、彼等に撲り込みをかけると殺気が満らた事もあったが、日本人は今猛省する時だ。暴力は悪いが暴力を受ける者にはそれ相応の理由もある事だから、彼等の満足の行く様甘受すべきだ。東亜百年の計の為に、という論も出、撲り込みはやめた。その後、この種の事件も少なくなり、彼等は我々より先に帰還してしまった。
一方、山で彼等の世話を良く見た人に対しては、缶詰、タバコ、その他沢山の贈物が来た。
彼等の内にはかなり悪質なのがいたが、全体として良く協力してくれた事は感謝すべきだ。日本と別れるのを泣いて悲しみ、どうしても日本人になるといってきかん少年もいた。彼等が帰国 する前に、この変な雰囲気のまま別れたのでは今までの交友が無駄になるというので、細野中佐の肝入りで朝鮮人代表を招いて、日本人のおかした罪を謝り彼等と気分よく別れようという事になった。当日は多数の出席者があった。そして日本人の非道を謝し、東亜民族の運命共同体の理念が説かれ、今後は朝鮮はソ連の影響を多く受けるだろうが、仲よくやって行こうと説かれた。
最後に朝鮮代表が別れの辞を述べ、この会の目的の一部を果して解散した。
朝鮮人、台湾人の共通の不平は彼等に対する差別待遇であり、共通に感謝された事は日本の教育者達だった。彼等は国なき民から救われた喜びだけは持っていた。