ライター:崔榮黙(メディアトラジ管理者)

異国での生活が20年を超え、その間思考や価値観また味覚も変わる中で韓国にいる友人や友たちは疎遠になり連絡が途絶える中で、それでも40余年も連絡がないままに中年になってある日思い出して丸坊主の時の彼女に連絡をしたら優しい言葉が返ってきたので嬉しかった。

彼女の名は”金”
70年代の田舎は今と違って移動をするのが容易ではなかった。バスがないわけではなかったけど少なかったし何より田舎での現金収入が少ない時代だったので少年たちがどこへ行くのはなかなか難しいことだった。時には歩いて隣の村へ遊びに行ったり来たりした。小学校は地域ことにある小学校を出て、中学校は役場があるところに集まることになる。みんな初めて顔合わせする新しい友たちで一気に友たちが増えることになる。一年が終わり2年に上がると異性に関心を持つ友たちが増えお互いに手紙をやり取りする子が増えていく。それが出来ない友たちは羨ましい限り有ろう。私は当時それほど異性に感覚が鈍かったほうだったのでそんな友たちを羨ましい目で見ていた。時は流れ中学3年になり卒業をすることになった。自分は卒業する前に既に釜山にある学校に進学が決まっていた。卒業式が終わり帰る途中に、同じ村の女の友たちが誰からと言って”詩集”を一冊渡してくれた。くれた同期はあまり知らない子で、隣の村に従兄弟の女の子がいてその従兄弟と親しかった同期の女の子だった。詩集をもらってもそれほど関心を持たず忘れた。そして卒業後釜山へ行き高校生活を送った。

夏になり夏休みで故郷へ戻り、隣の村の友たちに会いに行った。この友たちは中学時代によく遊んだ友たちで何回も家へ遊びに行ったことがあった。その友たちは地元の高校へ進学していた。夏に友たちと会って遊んでいる時に例の女の同期が見えた。女の同期は知らない女の子と一緒だった。卒業の時に詩集をもらったけどまともなお礼もせんかった。その後忘れていたから夏休みに目の前に見えても全然無感覚・意識すらなかった。夏休みに途中に釜山へ戻り図書館で宿題や勉強に励んだ。2年生になりまた故郷へ帰り隣の村の友たちに会いに行き一緒に遊んだ。するとまた例に女の同期が見えた。何で女の同期がまた目にかかるんだろうと思った記憶はある。向こうから見える同期は成長し奇麗だった。その姿は眩しい程美しかった。ほんまに!その時のことをはっきり覚えているのは”いつあの子が奇麗になっただろう?”だった。だけどそう思ったものの彼女の存在について全く無関心だった。それが最後で彼女が私の目にかかることは無かった。その後、社会生活をするうちにふと彼女のことを思い出し、もしかしてその時彼女が見えたのは、私と遊びたかったんじゃないかと思った。なにがどうであれ、一回彼女に声をかけてあげなかった自分が凄くあほらしく感じた。彼女にとって当時どれほどがっかりしたんだろう。高校の時は多くの友たちがペンパルやら異性に関心を持つ時期だけに、、、。

一時期彼女について思ったことがあったけど会ってみたいとかそんな気は全くなかった。その後日本に渡りなれない生活・子育てで忙しい日々が続き、子供達が成長し離れていくことになり多少余裕が出来た頃、通信環境もよくなった世の中だったので韓国の故郷の友たちと連絡を取り合うことになり、その時今彼女はどうしてるんだろうと思って友たちに頼んで連絡先を聞いてみた。彼女の連絡先を入手しメッセージを送ってみた。返事はどうかなと思っていたけど、お久しぶりと返事が来た。それが2年程前のことだった。ちょっと文字のやり取りをするうちに、人妻になっている彼女に文字やり取りもよくないんじゃないかと思ってやめた。だけど最近考えてみるとみんな中年になり子供たちも成長しみんな時間的に余裕がある状況である。なので定期的に故郷の友たちが集まり遊びに行ったりするから、たまに連絡を取り合っても悪くはないと思って再び彼女にメッセージを送った。彼女から暖かい内容の返事が返ってきた。
そういえば、今まで彼女の声を一回も聞いたことがないことに気づく!