2021年3月
早稲田大学教授 有馬哲夫

「ラムザイヤー論文にミスなどない」

有馬 哲夫(ありま てつお、1953年 – )は、日本の公文書研究者。 早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授。 専門は、メディア研究、アメリカ研究、日米放送史、広告研究、文化産業研究。

ハーバード大学のJ.マーク・ラムザイヤー教授が発表した「太平洋戦争における性契約
Contracting for sex in the Pacific War」がマスコミを賑わせている。韓国メディアは例によ
って、ストローマン論法や印象操作で信用失墜させようとしている。なかでも私が悪質だ
と思うのは、「ラムザイヤー論文は韓国人女性の契約書を提示していない」とする次の記
事だ。
韓国系ハーバード大教授「ラムザイヤー氏、慰安婦主張のミス認めた」中央日報2月27

(前略)しかし学界では、韓国の慰安婦被害者が作成した契約書を提示できなかったとい
う指摘が提起されてきた。ソク(・ジヨン)教授は「ラムザイヤー教授の論文の脚注を調
べた結果、戦時慰安所の韓国女性に関する契約内容がなかったうえ、該当契約を記述した
2次出処もなかった」と指摘した。 これに対しラムザイヤー教授は「韓国人女性の契約書
を確保すればよいと考えたが探せなかった」と認めた後、「あなたも探せないのは確実だ
」とソク教授に話したという。 また、ラムザイヤー教授は論文に10歳の日本の少女の事
例を挙げながら、契約が自発的であり合法的に行われたと主張したが、ソク教授にメール
を送って引用の誤りがあったことを認めたりもした。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ccfe349ddbd80da1c5ed09097213dbdffc4e034e
これがラムザイヤー教授、および論文に対する悪質な誹謗、中傷だということを明らか
にしたい。
まず、誤表記だが、「韓国人女性の契約書」は存在しない。なぜなら、韓国は1948
年に建国しているので、慰安婦がいた戦前・戦中期に「韓国人」はいなかった。いたのは
、日本国籍の朝鮮人だ。「朝鮮人女性の契約書」ないしは「朝鮮系日本人の契約書」なら
存在する。
次に「朝鮮人女性の契約書」を探せということだが、このソク教授はこのような契約書
は公文書ではなく私文書だということを知らないのだろうか。公文書なら公文書館へいけ
ば、見つかるだろうが、私文書はみつからない。だいたいこのような高度のプライバシー
を含む文書が公文書館で公開されるはずもない。日本、韓国、北朝鮮、および慰安婦のい
たアジアの国々の個人宅を一軒一軒回家探しして見つけろとでもいうのだろうか。ラムザ
イヤー教授が「あなたも探せないのは確実だ」といった意味がソク教授にはわかっただろ
うか。できないと知っていてこんなことを言っているのだとすると、これはアカハラだ。
最大の問題は、「該当契約を記述した2次出処もなかった」がまったくの嘘だというこ
とだ。ラムザイアー論文の注釈には「U.S. Office of War Information, 1944. Interrogation
Report No. 49, Oct. 1, 1944, in Josei (1997: 5-203)」という文書が載っている。この資料に
はこうある。
米国戦争情報局(United States Office of War Information)心理戦作戦班日本人捕虜尋問報
告書(Japanese Prisoner of War Interrogation Report)四九号、一九四四年一〇月一日
序文:慰安婦(comfort girls)とは日本軍に特有の語で、軍人のために軍に所属させられた売
春婦のことをいう。ここでの記述はビルマの朝鮮人従軍慰安婦に関するものである。日本
軍は一九四二年にこのような朝鮮人慰安婦を七〇三人ほどビルマに向けて出港させたとい

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われている。
募集:一九四二年五月、日本の業者が朝鮮半島に赴き、東南アジアにおける「軍慰安婦業務
」のためとして女性を募集した。高収入、家族の借金返済のための好機、軽労働等の宣伝
に応じて多くの女子が勤務に応募し、二~三〇〇円の前払報酬を受領した。彼女たちの大
半は無知、無学の者であった。自ら署名した契約により、前借り金の額に応じ半年から一
年の仕事に従事させられた。このような方法で約八〇〇名の女子が募集された。(後略)
慰安婦の特性:慰安婦の平均年齢は二五歳ほどであり、無学で子供っぽく、気まぐれでわ
がままであった。彼女らは自分の職業は嫌いだと主張し、その職業や家族について語るこ
とを好まなかった。(後略)
生活及び労働条件:ミッチナー(日本軍の占領地)においては、通常二階建ての大きな建
物に住んでおり、一人一部屋を与えられていた。そこで彼女らは生活し、眠り、仕事をし
ていた。食事は経営者が用意したものであった。食事はそれほど切り詰められていたわけ
ではなく、彼女らは金を多く持っていたので、欲しいものを買うことが出来た。兵士から
の贈り物に加えて、衣服、靴、煙草、化粧品を買うことが出来た。
ビルマにいる間、彼女らは将兵とともにスポーツをして楽しんだりピクニックや演芸会、
夕食会に参加した。彼女らは蓄音機を持っており、町に買い物にでることを許されていた

料金:彼女らが業務を行う条件は陸軍によって規制されていた。軍は、その場所に展開し
ている様々な部隊のために、料金、優先順位、日割りを設定することが必要であると考え
ていた。(階級別に利用時間、料金を表示)将校は二〇円で宿泊が許されていた。
収入及び生活条件:慰安所経営者は、契約時の負債に応じて、慰安婦の売り上げの五〇乃
至六〇パーセントを受け取っていた。多くの経営者は、食糧そのたの品物に高価格を課す
ことによって、慰安婦の生活を困窮させていた。一九四三年後半、陸軍は、負債の弁済を
終えた慰安婦は帰国して良い旨の命令を出した。これにより帰国を許された慰安婦が数人
いた。
慰安婦の健康状態は良好であった。彼女らは避妊具が十分に与えられており、兵隊たち
もしばしば軍支給の避妊具を自ら持参した。日本人の軍医が週に一度慰安所を訪れ、罹病
した慰安婦は治療、隔離し、入院させることもあった。(pp.113-116)
(なおこの文書は以下のサイトで読むことができる。https://www.awf.or.jp/pdf/0051_5.pdf
また、吉見義明元中央大学教授編纂の『従軍慰安婦資料集』(大月書店1992年)にも
440~450頁にかけて収録されている)
この文書には朝鮮人慰安婦の契約条件がはっきり示されている。つまり、前払い金、契
約期間、料金、食費や宿泊費などの負担、経営者と女性の取り分などだ。そして、彼女た
ちは、契約書に同意して署名している。ソク教授がきわめて悪質な嘘をついていることは
明らかだ。彼女の発言を踏まえて「研究者の基本がそろっていない内容」と決めつけた鄭
英愛(チョン・ヨンエ)韓国家族相は発言を撤回しなければならない。
ところでこの「米国戦争情報局文書」の信ぴょう性だが、これは当時日本と戦争してい
たアメリカ軍が作成したものだ。軍の報告書というものは正確さが求められるので、誇張
や嘘は基本的にない。それにアメリカ軍はのちの極東国際軍事裁判のための証拠も集めて
いたのだから、日本軍に甘い報告書にはならない。したがって信ぴょう性は極めて高いと
いえる。
韓国メディアはラムザイヤー教授を親日的だから信用できないといっているが、この公
文書は反日的ではあっても親日的ではない。したがって、論文も親日的にはなりえない。
そもそも、私娼はもちろん公娼の場合でも、たいていは口約束と前払い金の受取書くら
いしか交わさなかった。契約書らしきものを交わしたとして、保険証書の裏に書いてある

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ようなこまごまとした約款が書いてあるものではなかった。にもかかわらず、前に引用し
た文書からも慰安婦の収入や生活・労働条件が保障されていたことがわかる。日本軍が慰
安所運営規則によってそう決めていて、それは厳密に守られたからだ。
これは、私娼でもなく公娼でもなく慰安婦を研究対象に選んだラムザイヤー論文の強み
でもある。つまり、私娼や公娼の場合、前払い金、契約期間、料金、食費・宿泊費などの
負担、経営者と女性の取り分などは、ケースバイケースでばらつきが大きいが、慰安婦の
場合は軍が契約期間、料金、食費・宿泊費などの負担、経営者と女性の取り分を決めてい
るために平準化しているのだ。つまり、一つのケースを見れば、他のケースがどうだった
かもだいたいわかる。さらにいえば、軍が規則上、原則として朝鮮人女性と日本人女性を
同等に扱っていたので、差はなかった。
ちなみにミッチナーの慰安所の慰安婦の平均月収は一五〇〇~三〇〇円だった。当時一
・二等兵の給料は五円五〇銭で、慰安所の料金は一円五〇銭だった。それでも兵士はなけ
なしのお金をはたいて会いに行き、慰安婦に贈り物をしていた。
ソク教授は、軍の慰安所運営規則など知らないので、「朝鮮人女性の契約」がでてくれ
ば、日本人女性の契約との違いが大きいことがわかってラムザイヤー論文の根幹がゆるぐ
と思っているのかもしれないが、それはない。「朝鮮人女性の契約書」の提示がないこと
が、ラムザイヤー論文の瑕疵にはならない。軍の規則上、原則として日本人女性と朝鮮人
女性は同等に扱われていたし、料金もラバウル慰安所の一例を除いて、同額だったからだ
。私はアメリカ第二公文書館でほかの多くの文書にもあたってこれを確かめている。
また、「ラムザイヤー教授は論文に10歳の日本の少女の事例を挙げながら、契約が自
発的であり合法的に行われたと主張した」という部分だが、これもソク教授の悪質なスト
ローマン論法だ。彼はそんなことは書いていない。
ソク教授が問題にしているのは、ラムザイヤー論文で言及されている慰安婦と同年代の
「おさき」という天草出身の「からゆきさん」だ。論文によれば、彼女は一〇歳のとき周
旋業者に外国にいかないかと持ち掛けられる。そして、兄弟と相談したうえで三〇〇円の
前払い金を受け取ってマレーシアにわたった。(最初から売春婦になることにはなってい
なかったことに注意)
一三歳になって売春婦として働き始めた。渡航費や居住費で借金が二〇〇〇円になって
いたからだ。彼女は月一〇〇円のペースで返し始めるのだが、払い終わる前に売春宿の主
が死んだのでシンガポールに移る。だが、そこの売春宿の主がひどい扱いをするので逃げ
出してマレーシアに戻り、そこでいい雇主を見つけ落ち着く。そのあとイギリス人の現地
妻になったりしたあと、最後には天草に帰る。
ラムザイヤー教授は、「おさき」が契約に自発的に同意したとか、その契約が合法だっ
たとか書いていない。契約書を提示され、意思確認が行われたあとで「おさき」が署名し
たわけではないからだ。だが、「おさき」は兄弟に相談したうえでマレーシアに行くこと
を決意している。兄弟が「因果を含めた」のかどうかはわからない。
売春婦になったのも、自分の置かれた立場を考えて、あるいは成り行き上、そうなって
しまったのだろう。このようなケースで、「契約に自発的に同意したか」、「契約は合法
化か」といわれても答えようがない。ただ現実はそうだったということだ。ラムザイヤー
教授がいいたかったのはまさしくこのことで、「性契約」の実態とはこのようなものだっ
たのだ。にもかかわらず「性契約」は、彼女たちの働き方、生き方を決めていた。
もちろん現代では、一〇歳の少女の「自発的同意」は、法的には無効だ。それはラムザ
イヤー教授もよく知っている。だが、「おさき」は現代ではなく戦前の女性で、日本では
なくマレーシアやシンガポールにいた。本人も周囲の人も現代的法観念も持っていなかっ
たし、現代的人権法で護られていなかった。過去のことを現在の基準で判断するのは誤り
である。

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ソク教授はラムザイヤー論文を非難するのに、韓国が慰安婦のことで日本を非難すると
きの常套手段を使っている。つまり、当時は違法でも問題でもなかったことに現代の基準
をあてはめて問題化し、違法だと非難するやり方だ。これは時際法の原則、つまりその時
のことはその時の法で裁く、という原則に反し、国際法上も誤りだし、不当だ。
さらにいうと、韓国は慰安婦問題を女性の人権問題だというが、それは現在の基準であ
って、あの不公平な極東国際軍事裁判でも、慰安婦制度も個々の慰安所も、違法とはされ
ず、起訴もされなかった。
ソク教授を含め韓国メディア報道はストローマン論法を使って攻撃している。つまり、
ラムザイヤー教授が論文に書いていないことで、彼と論文をバッシングしている。彼は児
童買春を肯定してなどいない。実際にあったケースを分析しているだけだ。「慰安婦被害
者」を愚弄もしていない。ただ一次資料に基づいて「性契約」の実態を明らかにしている
だけだ。
もちろん反論は自由だが、それにはスローマン論法に逃げることなく、正々堂々と一次
資料にもとづいた反証を示さなければならない。したがって、批判者であるソク教授は、
アジア中の個人宅を家探しして、ラムザイヤー論文を根底から覆すような「朝鮮人女性の
契約書」を提示する義務を負っている。彼女が義務を果たすかどうか見守ろう。